ベトナムにおけるデジタル変容と伝統文化の共存に関する現地調査報告書

リージョン:ベトナム社会主義共和国

1. 調査概要と方法論

本報告書は、ベトナムの主要都市ハノイ市ホーチミン市ダナン市において、2023年第四四半期から2024年第一四半期にかけて実施した現地調査に基づく。調査方法は、関連省庁(情報通信省文化スポーツ観光省)へのヒアリング、現地企業(MoMoVinFast等)へのインタビュー、ならびに一般消費者を対象とした定量・定性調査を組み合わせた。デジタルインフラの浸透と、それに伴う社会構造、文化消費、経済活動の変化を、規制環境の実態と対比させて分析する。

2. インターネット基盤と主要デジタルプラットフォームの普及状況

ベトナムのインターネット人口は約7,800万人、普及率は79%に達する。都市部におけるスマートフォン普及率は95%を超え、通信インフラとしてはViettelVNPTMobiFoneの3事業者が市場を寡占する。国際プラットフォームとローカルプラットフォームの棲み分けが明確である。

プラットフォーム分類 サービス名 主な用途/特徴 ユーザー数(概算) 競合/代替関係
ローカルSNS/メッセンジャー Zalo ビジネス・個人通信、公式連絡、決済連携 7,500万人 Facebook MessengerWhatsApp
ローカルモバイルウォレット MoMo QR決済、送金、公共料金支払い、融資 3,000万人 ZaloPayVNPT PayViettel Pay
国際SNS Facebook 広告・販売、コミュニティ形成、情報収集 約7,000万人 部分的にZalo
国際動画配信 YouTube エンタメ、学習、ニュース視聴 広く普及 TikTok、ローカル動画サイト
国際Eコマース ShopeeLazada オンラインショッピング 各数千万人 ローカルEC(Tiki等)
国際ストリーミング Netflix 海外ドラマ・映画視聴 有料会員約200万人 FPT PlayDanetGalaxy Play

3. インターネット規制とVPN利用の実態

2019年施行のサイバーセキュリティ法に基づき、政府は情報通信省を通じてインターネットを管理する。規制対象は、反政府的・反体制的コンテンツ、国家統一を損なう情報に加え、FacebookGoogleといったプラットフォーマーに対し、国内ユーザーデータの国内サーバー保存と現地法人設立を義務付ける。VPN利用は、外資系企業、研究機関、留学生を中心に、業務・学術目的で広く行われている。一方、一般ユーザーによる国際SNS(Twitter、一部のニュースサイト)やエンタメコンテンツへのアクセス手段としての利用も散見される。政府は違法・無許可VPNサービスの取り締まりを強化しているが、ExpressVPNNordVPNなどの有償サービスは機能している。

4. 映画産業の歴史的変遷と現代の構造

ベトナム映画は、フランス統治期に起源を持ち、インドシナ映画研究所が設立された。南北分断時代は、ハノイベトナム映画スタジオサイゴン(現ホーチミン市)の民間スタジオが並存した。統合後は国営のベトナム映画協会が中心となったが、1986年のドイモイ政策後、民間制作が活性化。現在、主要プレーヤーは国営のベトナムテレビVTV)、民間メディアコングロマリットのFPTグループ(FPT Play)、VNGグループ(Zing TV)、BHDなどである。Netflixの参入は、2016年のサービス開始に始まり、2021年には現地コンテンツ制作拠点を設立、「グローバルな視点でベトナムの物語を発信」する戦略を掲げている。

5. 伝統芸能「水上人形劇(ミーア・ロイ)」の保存と観光商品化

11世紀のリィ王朝時代に起源を持つ水上人形劇は、紅河デルタ地方の農村で発展した。伝統的にタイン寺ハノイ)や各村の池で上演され、農耕生活や歴史伝説を題材とした。現代では、ハノイタンロン水上人形劇場ホーチミン市ゴールデンドラゴン水上人形劇場などが恒常的な観光向け公演を行い、英語解説を付加する。上演プログラムは短縮され、音楽も従来のチェオ劇の楽団に加え、録音音源を使用する場合が多い。伝承者育成は、ハノイ演劇映画大学ベトナム音楽院が一部担うが、観光需要に特化した形での保存が進んでいる。

6. モバイルマネー「MoMo」の爆発的普及とその生態系

MoMoは、2014年にサービスを開始した後発組であるが、戦略的な提携により市場を席巻した。決定的要因は、全国に23,000店舗以上あるコンビニエンスストアチェーンCircle KVinMart+(現WinMart+)を現金入金ポイント(エージェント)として活用したことにある。ユーザーは小売店で現金をデポジットし、QRコードによる決済、電気・水道・インターネット料金の支払い、携帯電話のプリペイドチャージ、Grab配車料金の支払い、さらには投資商品「MoMo Invest」や小口融資「MoMo Lending」まで、単一アプリ内で完結する。2023年時点で取引総額は約1500兆VND(約600億USD)に達する。

7. 決済手段の多様性とキャッシュレス化の課題

ベトナムの銀行口座保有率は約70%に達するが、都市部と農村部で大きな格差がある。決済手段は、現金、国内銀行発行のデビット/ATMカード(VietcombankBIDVAgribankTechcombank等)、国際ブランド(VisaMastercard)クレジットカード、そしてモバイルウォレットが併存する。政府は2025年までに非現金決済比率を50%とする目標を掲げるが、農村部では現金依存が根強く、MoMo等のエージェントネットワークがキャッシュレス化の鍵を握る。一方、都市部の高級小売店やホテルでは、VisaMastercardJCBの利用が一般化している。

8. 自動車産業政策と完成車輸入関税の影響

ベトナムは自動車産業の育成を国策としており、ASEAN自由貿易地域(AFTA)の共通効果関税(CEPT)に基づき、域内からの輸入車には0~5%の関税が適用される。一方、域外(日本、韓国、欧州など)からの輸入車には、排気量に応じた特別消費税(SCT)と付加価値税(VAT)を加え、70%を超える高関税が課される。このため、主要メーカーは現地でのノックダウン生産(CKD)を推進している。トヨタヴィンフック省に、ホンダヴィンフック省ハタイン省に、フォードハイフォン市に、ヒュンダイキアニンビン省に工場を有し、ヴィースタヴェロズフード等の主力モデンを生産する。

9. 都市交通の実態:二輪車中心文化と自動車需要の高まり

ハノイ市及びホーチミン市の交通手段の登録台数において、二輪車が圧倒的多数を占める。二輪車市場は、ホンダビートビジョン)、ヤマハグランディオ)、ピアッジオベスパ)、そして国産のVinFastKlaraFeliz)が競合する。しかし、中間所得層の拡大に伴い、自動車需要は年率10%以上で成長している。特に、SUV及びMPVが家族向け車両として人気が高く、トヨタ・ヴェロズクロスフォード・エバーターヒュンダイ・サンタフェキア・セレートマツダ・CX-5などが主要モデルである。交通渋滞と駐車場不足は、都市部における自動車普及の最大のボトルネックとなっている。

10. 国産ブランド「VinFast」の急成長とEVシフト政策

Vingroupグループの自動車部門であるVinFastは、2019年に内燃機関車(ICE)で市場参入した後、2022年に完全なEV専業メーカーへの転換を宣言した。政府は、EV購入に対する登録税の免除、特別消費税の減税などの優遇策を導入し、VinFastを中核とした国内EVエコシステム構築を推進する。VinFastハイフォン市に大規模工場を建設し、VF e34VF 5VF 8VF 9などのモデンを展開する。また、アメリカカリフォルニア州)、欧州ドイツフランス)への進出を加速させ、NASDAQ上場を果たすなど、グローバルブランド化を急ぐ。充電インフラ「VinFast Charging Station」の整備も、ハノイホーチミン市の幹線道路を中心に進められている。

11. デジタルコンテンツ市場の国際競争とローカル適応

国際ストリーミングサービスNetflixは、現地制作コンテンツとして「サブレー ハノイ」「マスケティア」などを配信し、市場浸透を図る。これに対し、ローカル勢は価格とコンテンツで対抗する。FPT PlayV-League(サッカー)の独占配信権を保有し、Danetは韓国コンテンツに強みを持つ。YouTubeは、ベトナムにおいては単なる動画プラットフォームではなく、Hương Vị Tình Thân(ドラマ)のような大ヒット作品が無料で配信され、広告収入モデルで成功する主要なエンタメ媒体となっている。このように、有料サブスクリプションと広告支持型無料モデルが併存する多層的な市場構造が形成されている。

12. 総括:変容する社会における共存の力学

本調査により、ベトナム社会は、強力な国家主導のデジタル管理・産業育成政策と、それに適応・活用する民間の急速なイノベーションが併存する場であることが確認された。ZaloFacebookMoMoと現金、水上人形劇NetflixホンダスクーターとVinFast EVといった一見対極的な要素が、明確な役割分担と需要の階層化の中で共存している。今後の観察点は、EV政策の具体化とVinFastの持続可能性、キャッシュレスビジョンの地方への浸透度、そして国際プラットフォームとローカルプラットフォームの競争・協業関係のさらなる進展である。

発行:Intelligence Equalization 編集部

本インテリジェンス・レポートは、Intelligence Equalization(知の均等化プロジェクト)によって執筆・制作されたものです。日米のリサーチパートナーによる監修を受け、情報格差の解消と知識の民主化を実現するため、グローバルチームがその内容を検証しています。

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