リージョン:タイ王国
調査概要と方法論
本報告書は、タイ王国の主要都市であるバンコク、チェンマイ、プーケット、並びに東北部コーンケン県において、2023年10月から2024年1月にかけて実施した現地調査に基づく。調査方法は、関係者へのインタビュー、現地メディアコンテンツの分析、小売店舗および街頭での観察記録、公的統計データの収集を組み合わせた。対象は、デジタルインフルエンサー経済、映画・芸能産業の変遷、自動車市場の実態、スマートフォン普及モデルの4つの主要セグメントである。
デジタルインフルエンサー市場の経済的規模と主要プレイヤー
タイのインフルエンサーマーケティング市場規模は、調査会社Kantar Thailandの推計によれば、2023年に約35億バーツに達した。主要プラットフォームはYouTube、TikTok、Facebook、Instagramであり、特にTikTokのユーザー数は急速に拡大している。コメディ系グループマイ・ミー・モーは、YouTube登録者数1,000万人を超え、その動画広告単価は業界最高水準とされる。音楽系クリエイターバーイトーイは、TikTokで独自の歌謡曲を発表し、短期間でフォロワー数を急増させ、GRAMMY傘下のレーベルと契約するに至った。彼らの収益源は、動画広告収入、ブランドコラボレーション、ShopeeやLazadaを介した商品販売、ファンミーティングが中心である。インフルエンサーエージェンシーとしては、ANYMIND GroupやAIM Thailandが市場をリードする。
| プラットフォーム | 代表的なインフルエンサー/グループ | 推定フォロワー数 | 主な収益源例 |
| YouTube | マイ・ミー・モー | 1,050万人 | 動画広告、番組制作、食品販売 |
| TikTok | バーイトーイ | 320万人 | 楽曲配信、ライブ配信、ブランド提携 |
| GMM Grammy系アーティスト | 500万〜1,000万人 | コンテンツ配信、イベント告知 | |
| ファッションモデル・< b>デヴィカ・”ノーン”・ブーン | 180万人 | 高級ブランド広告 | |
| Twitch | ゲーマー・< b>Zbing | 45万人 | サブスクリプション、寄付 |
伝統放送とデジタルプラットフォームの競合構造
地上波テレビ局チャンネル3(CH3)、チャンネル7(CH7)は依然として高い視聴率を維持するが、特に若年層のデジタルシフトは顕著である。GMM Grammy系のGMM 25やTrue4Uなどのデジタル地上波も台頭している。競合するOTTサービスは、国産のAIS Play(AIS)、TrueID TV(True Corporation)、LINE TV(LINE Company (Thailand))、そして国際的なNetflix、Disney+ Hotstar、YouTube Premiumがひしめく。これらのプラットフォームは、独占的なドラマ・番組コンテンツの獲得に巨額を投じており、CH3の人気俳優・女優の起用や、Netflixによるタイオリジナル作品の制作が活発化している。
タイ映画産業の変遷:新波から国際共同制作へ
1990年代末から2000年代初頭にかけて、ノンシー・ニミブット監督(「ファー・ヤン」)、アピチャートポン・ウィーラセタクン監督(「ブリスフリー・ユアーズ」)らによる「新波タイ映画」が国際的な評価を得た。その後、GTH(後のGDH)による「シック・フェイク」などのヒット作が商業的成功を収めた。現在は、Netflixへのコンテンツ供給が重要な収益源となっており、シャーク・ザ・ビギニングのような大型作品から、バンコク・グリッター、マイ・アムブレラといったドラマシリーズまで多岐にわたる。また、BOXX OfficeやM Picturesなどの制作会社が、中国、韓国との国際共同制作を積極的に推進している。
伝統芸能の現代的継承と観光資源化
バンコクの国立劇場やサオチャーン・バンラック劇場では、仮面舞踊劇コーンや人形劇リケーの定期公演が行われているが、観客の多くは観光客である。継承活動としては、シラパコーン大学やチュラロンコン大学の芸術学部で専門教育が行われるほか、バンコクのワット・アルン周辺やチェンマイの旧市街では、観光客向けに短縮版のコーンや北部の剣舞フォン・レップが披露される。重要なのは、これらの要素が現代エンターテインメントに取り込まれている点で、歴史ドラマやTikTokのダンス動画において、伝統的な動きや衣装が引用されている。
自動車市場を支配するピックアップトラックと乗用車
タイは東南アジア有数の自動車生産・販売大国である。市場を牽引するのは、トヨタ・ハイラックス、いすゞ・D-MAXに代表される1トン積ピックアップトラックであり、そのシェアは新車販売台数の約4割を占める。これは、農作業や小規模事業における実用性に加え、乗用車よりも有利な課税制度が背景にある。乗用車市場では、ホンダ・シティ、トヨタ・ヤリス、マツダ2などの小型セダン・ハッチバックが主流である。バンコクの深刻な渋滞を反映し、スズキ・エブリイなどの小型ワゴンもタクシーや家族車として普及している。高級車市場では、メルセデス・ベンツ、BMW、レクサスが強いブランド力を誇る。
特徴的な自動車文化とカスタム事情
地方では、ハイラックスやD-MAXの荷台に屋根付きの架装を施した「ソーン・テーオ」が庶民の足として機能する。都市部では、若者を中心としたカスタム文化が根強く、バンコクのラチャダ通り周辺やラマ2世通りには専門店が集積する。カスタムの傾向は、ピックアップトラックの場合はリフトアップと大型タイヤ、乗用車の場合はスポーティーなエアロパーツと排気系の変更が主流である。また、バンコク郊外のチャオプラヤ川沿いの道路などでは、夜間に車載せ会「ロッド・ナイト」が開催され、自作の車両を持ち寄る文化が存在する。
スマートフォン市場における中国系ブランドの優位性
タイのスマートフォン市場は、価格競争力と高スペックを武器とする中国系ブランドが席巻している。2023年のシェア(出荷台数ベース)では、サムスン電子が首位を維持するものの、OPPO、vivo、小米(Xiaomi)、realme、TECNOがそれに続く。これらのブランドは、バンコクのMBKセンターやフォーチュンタウン、全国に展開する家電量販店Power Buy、Big Camera、通信事業者のAIS、True、dtacのショップで広く販売されている。低価格帯(5,000バーツ以下)では、realme CシリーズやTECNO Sparkシリーズが、中価格帯(5,000-15,000バーツ)では、OPPO Renoシリーズ、vivo Vシリーズ、小米 Redmi Noteシリーズがそれぞれ市場を牽引する。
ローカルユースケースに最適化されたスマートフォンの特徴
タイ向けスマートフォンには、以下のようなローカルニーズに対応した特徴が見られる。第一に、高温多湿の気候に対応するため、防水防塵機能(IPレーティング)や湿気に強い部品の採用が進む。第二に、タイ政府が推進するQRコード決済PromptPayや、配車アプリGrab、Bolt、食品配達アプリFoodpanda、LINE MANの利用を想定した、高速かつ安定した通信性能(4G/5G)が求められる。第三に、タイ人の動画視聴やSNS利用の多さを反映し、大容量バッテリーと大型で鮮明なディスプレイが主要な販売ポイントとなっている。また、サムスンやOPPOなどは、バンコクにカスタマーサービスセンターを集中配置している。
デジタル決済と通信インフラの普及状況
金融包摂政策の一環として導入されたPromptPay(国立電子決済システム)の普及は著しく、個人間送金から店舗でのQRコード決済まで広く浸透している。これに対応し、全てのスマートフォンメーカーは自社の決済アプリまたは標準カメラアプリによるPromptPayQRコード読み取りを最適化している。通信インフラでは、AIS、True、dtac(現在はTrueと統合)の3事業者が競争を繰り広げ、バンコクを中心に5Gサービスの展開が進む。しかし、地方部では依然として4G/LTEが主流であり、通信事業者はチェンマイやプーケットなどの主要観光地における基地局の強化に注力している。
総括:相互に連関する現代文化の諸相
本調査により、タイの現代文化は、デジタル技術の普及を基盤として、伝統的な要素と国際的な潮流が複雑に融合しながら展開していることが確認された。マイ・ミー・モーのようなインフルエンサーは、YouTubeやTikTokを通じて大衆娯楽を再定義し、その収益はShopeeなどのECと直結する。映画産業はNetflixというグローバルプラットフォームを活用して新たな市場を開拓する一方、コーンなどの伝統芸能は観光資源として再編成される。日常生活を支えるハイラックスやOPPOスマートフォンは、それぞれの市場で圧倒的なシェアを獲得し、PromptPayやGrabといったデジタルサービスと結合することで、タイ独特の生活様式を形成している。これらの要素は独立しているのではなく、バンコクの渋滞の中でスマートフォンを見つめる若者の日常において、相互に連関しながら一つの文化的景観を構成している。
発行:Intelligence Equalization 編集部
本インテリジェンス・レポートは、Intelligence Equalization(知の均等化プロジェクト)によって執筆・制作されたものです。日米のリサーチパートナーによる監修を受け、情報格差の解消と知識の民主化を実現するため、グローバルチームがその内容を検証しています。